こんにちは。子供がうまれてから10年以上、夫の両親と同居中です。
先日、子どもの保育園で「祖父母参観日」がありました。
当然のように義両親が参加。
私に「行っていい?」と聞いてくるわけでもなく、もう“決まっていること”のようにスケジュールに入っているのです。
むしろ、

もうそろそろ祖父母参観じゃない?早く教えてな。
と言われました。
この地区独特の“祖父母が近くにいて当たり前”という空気
私が住んでいる地域は、地元を出る人が少なく、地元民同士で結婚して、そのまま近くに住む人が多いんです。
だから、子どもの学校や保育園の行事に祖父母が顔を出すのも“当たり前”。
運動会でも発表会でも、親と祖父母が一緒に見に行くのが普通。
だからこそ「祖父母参観日」なんていう行事まである。
よそから来た私には、どうしても異様に感じてしまいます。
行事になると、親と同じだけ、それ以上に祖父母の数。そして、叔父や叔母まで家族、親戚総出で見に来ています。
「なんで祖父母がそこまで…?」と。
義母は行っても報告してくれない
今回の祖父母参観日も、義両親が参加しました。
でも、行ったからといって「どうだったよ」と教えてくれるわけでもなく。
息子がどんな風に過ごしていたのか、
どんな姿を見せてくれたのか、
少しでも知りたい気持ちがあるのに、全く話してくれないんです。

今日どうでしたか?
と聞いても、

うん、よかったで。
程度です。
写真や動画を送ってくれることもなく、結局なにもわからない。
結局、親が子供の様子を知りたいという気持ちは分からないのでしょう。
こちらには要求してくる矛盾
普段、私が子どもの写真や動画を撮ったら、

写真おくってなー

ビデオ見せてー
と、しつこいくらい言ってくるのに。
自分が撮ったものをこちらにシェアすることは絶対にしない。
「自分は欲しいけど、あなたには渡さない」という態度。
ほんとうに最悪です。
そこまで、思っていなくてもそう思ってしまいますよね?
こういう小さなことが積み重なって、心の中のモヤモヤがどんどん大きくなっていくんです。
参観日の意味がどんどんなくなっていく
本来なら、祖父母参観って「おじいちゃん・おばあちゃんが孫の成長を喜ぶ日」のはず。
でも、同居していると、ただただ「義両親が勝手に参加して勝手に楽しむ日」になってしまう。
私にとっては、“自分の子どもの成長を知るチャンスを奪われる日”。
そう思うと、本当に虚しくて仕方ありません。
おわりに
祖父母参観という行事が、子どものためではなく、義両親のためのイベントにしか思えないこの現実。
同居だからこそ避けられないけれど、心の中にはどうしても納得できない気持ちが残ります。
行事のたびに繰り返される、このモヤモヤ。
「同居あるある」です。