こんにちは。
久しぶりになってしまいました。
ド田舎の夫の実家で義両親と同居中です。
田舎での同居は毎日モヤモヤがいっぱい。
今回もモヤモヤエピソードを。
はじめに:突然の「ばあばとの思い出」
義母はとにかく、自分が一番大切な人。
そして、家事、子育てがびっくりするほど苦手な人。しかし、人には何もかも分かっているような感じで話します。
義母が“自分中心の記憶”を作り始め、それを子供に語ってしまうことがあります。
たとえば、前こんなことした、夫が子供の時はこうだった・・・など。
義母と義父や夫と記憶が違うことが多々あります。不思議な人です。
今回はまさにその典型例。
子供の口から飛び出した“知らない話”
ある日、子供が急に、

小さい頃、おふろで、ばあばに赤ちゃん抱っこで髪洗ってもらって、寝ていったんだって。
……と語り出しました。
え?お風呂?
いつも?
寝ていった??
聞きながら頭の中は「???」の嵐。

ん?どういうこと?お風呂?
と聞くと、

うん。ばあばから聞いたよ。ばあばがそうやって言ってた。
と返事がありました。
実際は…?義母が入れたのはせいぜい1〜2回
義母が子供をお風呂に入れた回数——
多く見積もって1〜2回。
それも、子供本人が嫌がっていたし、
ほぼ毎日お風呂に入れていたのは私か夫。
“いつも赤ちゃん抱っこで髪を洗う”なんて、完全に初耳です。
なぜ盛る?義母の“美化エピソード”問題
なぜそんな話しをするのか全く不明です。
でも——
してないことを「してた」と言うのはやめてほしい。
なぜ、存在しない“美しい思い出”を作り上げてまで
「いいおばあちゃん」を演じたいのか。
こちらとしては本当にモヤモヤ。
子供は悪くない。でも母としては複雑
子供はただ、聞いた話をそのまま言っているだけ。
悪気ゼロなのは分かっている。
でも母親としては、
「いや、それ全部私がしてきたんだけど?」
と言いたくなるのも本音。
育児の思い出を勝手に横取りされる感覚、つらい。
思い出の上書きがつらい理由
子供の前で義母の話を否定するのも面倒。
でも訂正しなければ、嘘の思い出が“事実”になるのも嫌。
こういう細かいストレスが、
同居生活では積み重なっていく。
義母の作り話に、子供がすっかり信じ込む。
そのたびに、私が積み重ねてきた育児が
勝手に書き換えられていくような気持ちになる。
嘘のエピソードで美化しないで。
育児は、私がやってきたんだから。
義母は「孫をよく面倒みているおばあちゃん」と、近所の人に思われたい人です。
少しでも孫をみてもらうと、外をウロウロとし、人には孫の事をよく分かっているように話します。
本当にやめてほしい。
育児も家事も、孫の面倒も見てこなかった義母がいい顔するのは、モヤモヤが溜まっていくだけです。


