こんにちは。
ブログに逃走中のyumeyomeです。
夫の実家のド田舎で夫の両親と同居中。
中学生、小学生、保育園児の子供がいます。
同居は試練の連続。モヤモヤがたくさん。
同居を考えている人
義両親との関係に悩んでいる人
同居でつらい思いをしている人
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義母の日常
夕方、義母の部屋に入ったら
部屋は暗く、毛布をかぶって横になり、テレビを見ていた。昼間も同じ。
ブランケットを膝にかけ、ただテレビを眺めている。
掃除もしない。
ご飯も作らない。
家事を手伝うこともない。
外出する時は、必要なのか分からない買い物ばかり。
それが、義母の日常です。
もちろん、家にいるだけで仕事はしていません。
義父がいる時だけ「やってます感」
面白い(というか、モヤっとする)のはここから。
義父が家にいる時だけ、
急に庭の草を抜き始める。
まるで
「私はちゃんと動いてますよ」
「何もしてないわけじゃありませんよ」
と言わんばかりに。
義父は、その義母の姿に騙され、

〇〇(義母)は、いつも草抜きしてくれとる。色々してくれとるんや。
と、いいます。
でも、義父がいない時は何もしない。
この差を見せられる側の気持ち、分かってもらえるだろうか。
同居していると「見なくていいもの」まで見えてしまう
義母が何をしていようが、
正直、別居ならどうでもいい。
家事をしなくても
昼間から毛布にくるまっていても
テレビを見て過ごしていても
同居じゃなければ、ただの「その人の生活」。
でも同居していると違う。
・自分は家事をしている
・子どもの世話をしている
・家のことを回している
その横で、何もせずテレビを見ている姿が視界に入る。
そして、義母は
家のことは私がたくさんしている。
私がいるおかげで、家がまわっている。
何でも私は知っている。
と、自分がいて助かるでしょ。私が家のことを色々しているの。という言動が多々ある。
実際は何もしていないのに。
この**「比較させられる環境」**が、心を削ってくる。
義母がいる意味って何だろう
ふと、頭に浮かぶ。
「義母がこの家にいる意味って、何だろう」
冷たい言葉かもしれない。
でも、そう思ってしまうほど、同居は人の心を追い込む。
義母が悪人だと言いたいわけじゃない。
ただ、役割を放棄しているように見える存在が、
同じ空間にいることが、こんなにもストレスになるとは思わなかった。
同居は人の感情を壊してしまう。
問題は「義母」だけじゃない
このモヤモヤの正体は、義母そのものが大きい。
しかし、
義母そのものよりも、
・変わらない現状
・誰も何も言わない空気
・我慢する側が固定されていること
ここにある気がする。
義母は変わらない。
でも、見る側のストレスだけが溜まっていく。
同居って、こうやって
「気づいた人だけがしんどくなる構造」になりがち。
同居して思うこと
同居は、助け合いのはずだったのに。
同居って、子供を見てもらえて、助けてもらえると思ったのに。
大好きになった夫の親だから、悪い人ではないと思ったのに。
でも現実は、そうじゃないことも多い。
今日もテレビを見続ける義母の背中を見て、
また一つ、言葉にならない疲れが増えた。


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