こんにちは。ブログに逃走中のyumeyomeです。
夫の実家で、義両親と同居中です。
住んでいる場所はド田舎になります。
恐怖の溶連菌。我が家の感染ループ
ある日、保育園から「〇〇くん(息子)が熱があるので、迎えに来てください」
と電話がはいりました。
この電話が、辛い1か月の始まりでした。
発熱してすぐは、診断がつかないため、翌日病院に行くと息子は溶連菌でした。
今までも溶連菌になったことがありましたが、薬を飲んでいればすぐに治る病気だと思っていました。
しかし、今回の溶連菌は違いました。
まずは息子が溶連菌に。
4日後、次女が溶連菌に。
抗生剤を飲んでいると、下痢になりました。あまりに下痢が続き、再度病院受診。
抗生剤は10日間服用しますが、ちょうど1週間たったころ、全身に発疹が。熱もあります。
ちょうど土曜日の午後で病院が休み。薬剤師に確認すると、「薬疹の可能性があるので、抗生剤をやめましょう」と言われました。
月曜日に再度受診すると、薬疹のため、そのまま薬をやめて、アレルギー剤と痒み止めの軟膏がでました。
数日後、長女が発熱。
次の日、また息子が発熱。
長女も溶連菌に。そして、息子もまた溶連菌と診断。薬嫌いな長男は初めて錠剤をのむことにしました。体重の関係で、少し弱い抗生剤を飲んでいたため、「しっかりと除菌できていなかったのかも」と言われました。
そしてその数日後、夫も体調不良に。耳鼻科に受診すると、溶連菌でした。
次女はずっと調子が悪く、再度受診。
発疹はなおらず、体調が悪い状態が2週間以上たっていました。
原因不明で、肝臓が悪いかも・・・と言われ、採血をしました。
しかし、採血結果も問題なし。
何回か受診し、もう一度溶連菌を検査してもらうと、溶連菌陽性。
薬疹で10日服用するはずの抗生剤を7日間しか服用しなかったため、しっかりと除菌できていなかったのかもということでした。
そして、しばらくして今度は長女が再度発熱。溶連菌とインフルエンザBと診断をうけました。
もうどうしたらいいのか分からない状態でした。
結局、
長男→次女→長女→長男→夫→次女→長女
と1か月以上誰かは病気になっている状態でした。
しかも、2回目の溶連菌と診断された長男と次女は、抗生剤を服用したら1日で解熱するはずの溶連菌が、3日ほど熱が続き、身体も辛そうな状態が続きました。
子どもも辛そう。その状態を見ながら、看病している自分も、病院通いと、薬をのませること、仕事と色々重なり、よく分からない状態になっていきました。
そして、実家に帰ったり、遊びにいく予定などすべてキャンセルで、誰も悪くないことに、誰のことも恨めず、ストレスだけがたまる状態が続きました。
「洗濯入れておいて」にブチギレそうになった朝
子どもたちは体調不良。
私は看病でいっぱいいっぱい。
そんな中でも、義母はいつも通りの生活。
自分の事しか考えておらず、もちろん助けてもくれません。
そんな中、いつも通り義母は出かけていたみたいでした。
そして、連絡がきました。

15時に洗濯入れておいて。
こっちの大変さも分からず、しかも時間指定で洗濯を入れるように言ってくる義母。
さすがです。
正直、「今それ言う?」と思いました。
せめてもの抵抗で、ぐちゃぐちゃに義母の部屋に置いておきました。それくらいは許してもらいましょう。
OS-1を頼んだだけなのに削られる心
息子の熱が下がらずない時、朝、義母にOS-1をお願いしました。
朝の7時頃にお願いしました。
しばらくして、

〇〇のスーパーにある?

〇〇は?

あそこやったらあるやろか。薬局しかない?
と、質問の連続。
急ぎではなく、今日中に買ってきてほしいこと。買い物ついででいい事を伝えても、聞きません。
今すぐ買いにいこうとすること、どこに売っているか聞くことをやめません。
頼んでしまったことを後悔しました。
ただ頼んだだけなのに、こんなに質問責めにされ、疲れるのか。
色々と考える余裕が、こちらにはありません。
最終的に夫が断ってくれたけど、そこまでのやり取りでかなり疲れました。
楽しみにしていた遠足に行けなかった息子
息子、2回目の溶連菌の時に最後の保育園の遠足がありました。
普通の溶連菌だったら、行ける予定でした。
しかし、熱が下がらず、本人も辛いのか諦めました。
すごく楽しみにしていたのに、親としても本当につらい朝でした。
起きてきて、行けるようだったらと思い、私は朝からお弁当を作りました。
しかし、行けず。私も夫も仕事で義母にお願いしました。

熱があるんで、休みます。遠足だったんでお弁当はつくりました。お昼はそれお願いします。
そこに来た義母の一言。

そうやろな。
まあ、身体が大事やでな。
正しい。でも、今欲しかったのはその言葉じゃないんです。
悪気がないのは分かります。
実母に伝えたときは、身体の心配と、遠足行けなくて可哀そう、辛かったね、など言葉をくれました。
どれだけさみしいか。辛いか。その気持ちが分からないのですね。
気持ちに寄り添ってもらえないことが、こんなにしんどいとは思いませんでした。
田舎の“親戚の結束”がしんどい
家族中が病気の連続で、+卒業式、旅行の準備、日々の生活など完全キャパオーバーな日々でした。
やることは山積みなのに、体調不良が続いて何も進まない。
気持ちばかり焦って、どんどん余裕がなくなっていきます。
そんな中、夫の従弟が、義母の妹弟家族1族みんなで集まろう!と声をかけてきました。
年に1度計画しているという食事会です。
同居していると強く感じるのが、
「親戚付き合いは参加して当たり前」という空気です。
でも、正直、今はそれどころじゃありません。
でも、その空気を断るのも簡単ではありません。
夫とのすれ違い「どうせ行きたくないんやろ」
どれだけ考えても、みんなが体調がよくなるとは思えません。
しかも、次女は長引いています。
食事会の5日後には、海外旅行も計画していました。
もう考えることも限界で、夫に

ちょっといけないかも。今回はやめておこうかな。
と伝えました。
すると夫は、怒りながら

どうせ行きたくないんやろ
と。
その言葉で、さらにしんどくなりました。
義母の妹と弟は、義母とは違い、人の気持ちを分かる人達で、私や子供達の事も大事にしてくれます。
親戚ですが、嫌いではありません。本当に行きたくないわけじゃないんです。
ただ、今は行ける状態じゃないだけ。
この違いは、なかなか伝わりません。
夫も結局は親戚が大好きで、こちらの辛さは分かりません。
しかも、行けないといっているのに、

じゃあ迎えに来てな
とよく分からないことも言われました。
田舎の親戚の結束は、家族の事、子供のことよりも強いのかと思う瞬間でした。
親戚の付き合いで、夫の事を幻滅してしまった瞬間でした。
同居だから逃げ場がない現実
家では義母。
外では親戚付き合い。
どちらも避けにくいのが、同居の現実です。
今回のことで一番しんどかったのは、
体調不良そのものよりも、人の言葉や態度でした。
体調不良のときほど、逃げ場のなさがしんどく感じます。
今回の溶連菌パニックは1か月程辛い状態が続き、
義母、親戚、田舎、夫と振り回され、孤独を感じた辛い日々でした。
体調不良が続くと、心にも余裕がなくなります。そんな時にかけられる言葉や態度って、本当に大事です。
家族が崩壊寸前でした。
みんな元気で、健康に過ごせることが一番大切ですね。
風邪の時も、暑い時も脱水予防に必要です。



コメント